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福島地方裁判所平支部 昭和30年(ワ)130号 判決

原告 井沢義雄 外一名

被告 国

訴訟代理人 滝田薫 外二名

主文

原告等の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、被告は、原告井沢義雄に対し金六十三万円、原告山崎一男に対し金七十五万円及び夫々これらに対する昭和三十年十月二十五日以降完済迄年五分の金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求めた。

そして、その請求の原因として、次の通り述べた。

第一訴外後藤正基は、法務事務官として、昭和二十三年三月二十七日福島司法事務局上遠野出張所長に命ぜられて同所の登記事務取扱官吏に指定され、同二十四年六月一日同所が福島地方法務局上遠野出張所と改称された後は、引続き同所長となり、同所の登記事務取扱官吏に指定され、同二十八年九月末日迄同所に勤務していたものである。

第二然るところ、右後藤正基は、

一  昭和二十八年五月中旬頃福島県石城郡遠野町大字根岸字白幡三十九番地所在同出張所附属所長官舎で、行使の目的で、擅に、罫紙に、訴外緑川秀男の氏名を冒用し、その名下に秀男なる印章を押捺して、同訴外人が昭和二十七年十一月二十八日その所有の同郡田人村大字荷路夫字風越五十四番の二山林九町二畝十七歩を原告井沢義雄に対し毛上附で金五十万円で売渡代金全額を受取つた旨の同訴外人作成名義の売渡証書と題する私文書一通を偽造し、更に、これが受理されたものでなく、又登記済でないのに拘らず、これが偽造の日同所で自己の職務に関し、行使の目的で、擅に、同書面に、その保管に係る登記済印及び福島地方法務局上遠野出張所庁印を押捺し、昭和二十七年十一月二十八日受附第六二九号として登記申請を受理し同原告に登記された旨の虚偽の公文書を作成し、これが作成の日頃同町大字根岸字白幡三十七番地原告井沢義雄方で、同原告に対し、これを真正に成立したものの様に装つて交付して一括行使し、同原告をして右山林が真実売買されて同原告に登記されたものと誤信させ、因つて、同郡小名浜町蛭川南町九十九番地同原告妻井沢キヨ方で同女から売買代金予託名義の下に同年五月二十日頃額面金二十万円の小切手一通を、同年六月三日頃金三十万円の交付を受けて、これを騙取した。

二  同二十八年十月頃同原告に対し、真実斡旋の意思が無いのに拘らず有るように装い、前記緑川秀男に於て右山林の隣地の同大字榎町を金三十五万円で売渡すことになつていて世話するからその代金を支払われ度い旨云うて、同原告を欺罔し、因つて、同年十一月四日右井沢キヨ方で同女から売買代金の内金名義の下に額面金十万円の小切手一通の交付を受けて、これを騙取した。

三  同二十八年四月上旬頃右官舎で、同原告に対し、君同様に装い、同村荷路夫に脱落山林があつて縁故払下が出来るし登記には一切自分がどの様にも出来るから登記費用を予けておかれ度い旨云うて、同人を欺罔し、因つて、その頃同所で同人から登記費用名義の下に金三万円の交付を受けて、これを騙取した。

第三その外、右後藤正基は、

一  同二十八年五月中旬頃同郡田人町大字根岸字下根岸三十番地原告先代である承継前の原告山崎力枝方で、同人に対し、右同様に装い、同村大字荷路夫字榎町に緑川秀男所有の山林二町三反余があり杉立木が三十年生位になつており、同人は金に困つて売るのだから代金四十万円では高くない、買えば十二町九反八畝増歩登記をしてやる旨云うて、同原告先代を欺罔し、因つて、同月二十六日頃同所で同人から売買代金予託名義の下に金四十万円の交付を受けて、これを騙取した。

二  同二十八年七月下旬頃同所で同人に対し、右同様に装い、今一つ売る山がある、それは同村大字荷路夫字風越地内にある緑川進所有の山林九町二反位で価格は金三十五万円であり、これも十六町一反歩位に増歩出来るし、登記は一切自分がしてやる旨云うて、同原告先代を欺罔し、因つて、同年八月七日頃右官舎で同人から前同名義の下に金三十五万円の交付を受けて、これを騙取した。

三  右二、三の事実を正当化する為、同年八月下旬頃同所で、行使の目的で、擅に、罫紙に、訴外緑川秀男、同緑川進の各氏名を冒用し夫々その名下に秀男、緑川進な擅擅る各印章を押捺して、右緑川秀男がその所有の同村大字荷路夫字榎町六十六番の二山林二町三反二畝十三歩を、右緑川進がその所有の同村大字荷路夫字風越五十四番の二山林九町二畝十七歩を原告山崎一男先代(但しその買受名義人は同原告先代の長男である原告とすることにし)に対し毛上附で計金七十五万円で売渡しこれが代金を受取つた旨の同訴外人等作成名義の売渡証書と題する私文書二通を偽造し、更に、これが受理されたものでなく、又登記済でないのに拘らず、これが偽造の日同所で、自己の職務に関し、行使の目的で、擅に、同書面に、その保管に係る登記済印及び福島地方法務局上遠野出張所庁印を押捺し、昭和二十七年三月十日受附第一一四号として登記申請を受理し同原告に登記された旨の虚偽の公文書を作成し、同二十八年九月上旬頃右原告先代方で、同人に対し、これを真正に成立したものゝ様に装つて交付して一括行使した。

第四右後藤正基の所為に因つて、原告井沢義雄は売買代金予託名義で金六十万円、登記費用名義で金三方円の計金六十三万円、原告先代山崎力枝は売買代金予託名義で金七十五万円を騙取されて、これと同額の損害を受けたが、これは、国の公権力の行使である登記に関する事務につき、これに当る公務員である右後藤正基が、その職務を行うについて、故意によつて違法に損害を加えたものであるから、被告は同公務員の不法行為に因つて損害を受けた者に対し、これが賠償を為すべき義務あること明白である。

第五原告先代山崎力枝は昭和三十三年三月十一日死亡して、原告山崎一男がこれを相続した。

よつて、被告に対し、原告井沢義雄につき金六十三万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三十年十月二十五日以降完済迄、原告山崎一男につき金七十五万円及び承継前の原告山崎力枝に対する本件訴状送達の翌日である右同日以降完済迄夫々年五分の割合による遅延損害金の支払を求める為本訴に及ぶ次第である。

と陳述し、

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

そして、原告主張事実に対し、次のように答弁した。

一  請求の原因第一、第五の事実は全部これを認めるが、その余の事実は全部不知である。

二  仮に、訴外後藤正基について、原告等主張のような不法行為があつたとしても、それは、原告等主張のような私人間の売買の仲介を為し、買主から売主に支払うべき代金の依託を受け、又は私人の委任を受けて登記申請手続を為すために要する費用を予つたものであつて、地方法務局出張所のつかさどる登記、土地台帳及び家屋台帳に関する事務(昭和二十四年六月一日法務府令号外第三号法務局及び地方法務局組織規程第十三条第二項)、地方法務局出張所長のつかさどる出張所の右事務の掌理、所属職員の指揮監督の事務(同組織規程第十五条)、登記官吏の取扱う登記事務を夫々行うについて為されたものでなく、行為の外形からみても職務行為と目されるものでないから、被告国の事業の執行は勿論同訴外人の担当する職務について為されたものでなく、被告に対し使用者としての責任を問う原告等の本訴申請は失当である。

と棟述し、

立証〈省略〉

一  原告等主張事実中請求の原因第一及び第五の事実は当事者間争いがない。

二  そして、承継前の原告山崎力枝本人訊問の結果によりその成立を認めることが出来る甲第一、二号証、成立に争いない同第九号証、乙第一号証、同第三乃至七号証、証人後藤正基の証言並びに原告井沢義雄本人訊問の結果及び承継前の原告山崎力枝本人訊間の結果によると、原告等主張事実中請求の原因第二及び第三の事実は、全部これを認めることが出来る。

三  そこで、右認定の原告等請求原因第二及び第三の事実は、被告である国の公権力の行使に当る公務員訴外後藤正基が、その職務を行うについて、為したものであるかどうか按ずるに、右認定の同訴外人の行為は同訴外人が恰も原告井沢義雄、原告山崎一男先代山崎力枝に対し、同人等と緑川秀男、緑川進間の私人間の山林売買を真実斡旋する様に装つた上欺罔して買主が売主に支払うべき代金の予託名義の下に、或は、私人である原告井沢義雄に対しその委任を受けて登記手続を為すように装つた上欺罔して登記手続費用名義の下に夫々金員を受け取つたものであるから、地方法務局出張所のつかさどる登記、土地台帳及び家屋台帳に関する事務(昭和二十四年六月一日法務府令号外第三号法務局及び地方法務局組織規程第十三条第二項)、地方法務局出張所長のつかさどる出張所の右事務の掌理、所属職員の指揮監督の事務(同組織規程第十五条)、登記官吏の取扱う登記事務のどれかを行うについて為されたものでないばかりでなく、行為の外形からみても、右の職務を行うについて、と目すことが出来ない。尤も、右後藤正基に於て、右認定の請求の原因第二の一については、虚偽の公文書を作成し、これを原告井沢義雄に交付して金員を受領し、請求の原因第三の三については原告山崎一男先代山崎力枝から金員を受領して後虚偽の公文書を作成し、これを同人に交付しているが、後者については、公文書の交付が金員の授受後にされているのであるから、受けた損害とは何等因果関係がないのみならず、右各公文書は上遠野出張所に於て申請により受理されたものでない上登記済でないものについて作成されたものであつて、直接登記簿について為す登記手続等登記法が登記官吏に於て為すべきものとして、即ち、受理されたか登記済であるものについて、登記法によつて定めた事項として為すべきものであるとして為されたものでないから、これらの点も、公務員の職務を行うについて、為されたものと解することが出来ない。

してみると、原告等の本訴請求は、爾余の点につき判断する迄もなく、失当としてこれを棄却すべきである。

仍て、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決した。

(裁判官 早坂弘)

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